【豆知識】歴史に名を残す名車たち 1950年代の国産車編

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1950年代は、日本の大衆車の黎明期と言える時代です。1949年にGHQから自動車生産が解禁されてから、先進国のクルマに追いつけと、現代につながるたくさんのクルマが誕生しました。その中でも名車と言われるクルマを紹介します。

目次

ノックダウン生産で生まれた日野・ルノー

1950年代のクルマ作りは、海外メーカーの車両を製造する「ノックダウン生産」が主流でした。日野はルノーと手を組み、「ルノー 4CV」のライセンス生産車「日野・ルノー」が、1953年に誕生します。

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水冷4気筒OHVエンジンをリアに配置し、後輪を駆動する「RR方式」を採用した「日野・ルノー」。ボディは軽量なモノコック構造で、サスペンションは独立懸架。当時の日本は悪路が多く、「4CV」よりもエンジンや足まわりが強化されていました。最高速度100km/hに到達する運動性能、そして経済性は、他の国産車と比べても驚異的だったと言われています。そして小型で機動性に富んでいたため、タクシーとしても重宝されました。

軽トラのパイオニア、ダイハツ・ミゼット

レトロな三輪自動車、いわゆる「オート三輪」の普及に貢献したのが1957年に発売された「ダイハツ・ミゼット」です。ミゼットとは英語で「超小型」を意味します。

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その名の通り、小型かつ軽量で非常に使い勝手が良く、優れた経済性も両立。荷台は全長1160mm×全幅1100mm×全高425mm、最大積載量350kgを確保していたことにより、商店や軽貨物の配送業車などの間で大ヒット。人々の生活に欠かせない存在として活躍しました。この「ミゼット」の成功により、ダイハツは軽自動車のパイオニアの地位を固めます。

国民が絶賛したコンパクトカー、スバル・360

1950年代のクルマは商用車が主流でした。そこで乗用車の普及を狙って「国民車構想」にのっとり1958年に誕生したのが「スバル・360」です。その愛らしい姿から「てんとう虫」と言われ、今も親しまれています。

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小さなボディにもかかわらず4人乗りの「360」。そのスペースを実現するために「RR方式」を採用するなど随所に創意工夫がなされていました。エンジンは356ccの2気筒。しかし、385kgという軽量ボディなどと相まって、クラス以上の走行性能を発揮。乗り心地も良く、当時の自動車関係者や報道関係者は「世界水準を行くミニカー」と絶賛しました。

憧れの象徴、トヨペット・クラウン

1950年代の「ノックダウン方式」に異を唱えたのが、1955年に登場した「トヨペット・クラウン」。純国産にこだわり、国産乗用車の礎となった一台です。

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流麗なデザインやクロームによる装飾、そして観音開きのドアといった豪華装備を採用した「クラウン」は、やがて国民の憧れとなりました。搭載された1.5L 4気筒エンジンは48psを発揮し、最高速度100km/hという余裕の性能を実現。自家用車のほか、タクシーとしても人気を集めました。

クルマの性能はメーカーの姿やユーザーのニーズを反映したもの。それは旧車も同じで、そのボディにはいろいろなメッセージが込められています。あなたは今回紹介したクルマから、どんなメッセージを感じましたか?

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text by 阿部哲也+Bucket
画像提供:トヨタ博物館

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