欧米に追い付け追い越せ。日本の自動車は黎明期から「よりよい製品」を作ることに一生懸命でした。しかし、1980年代終わりから1990年代はじめにかけてのバブル期になると、日本車が真面目一辺なクルマ作りから解き放たれます。浮かれた世の中、遊び心、そして自由な発想。トヨタが放った「セラ」は、そんなバブル時代という社会背景があったからこそ生まれたクルマと言っていいでしょう。
スターレットをベースに“ガルウイングドア”を採用
はっきりいってメカニズム的に特筆すべき部分はありません。シャシーやパワートレインなど走行機能系のベースは、トヨタの中でもっとも小さな「スターレット」で、あくまで一般的なコンパクトカーのものです。しかし、単なるコンパクトカーというだけなら歴史に名を残すことはなかったでしょう。歴史に名を残す理由、それは「ガルウングドア」を採用していたからです。
ガルウイングドアとは、横ではなく上に開く、派手な動きのドアのこと。スーパーカーが好んで採用するドアの開き方です。トヨタがガルウイングドアのクルマを作った。しかも手の届く価格で。スーパーカーでもないのに。これは当時、とても衝撃的なことでした。
でも、そんな社会的な注目やクルマ好きの興奮とは裏腹に、実際に買ったユーザーからは日常での不満の声が多く出たと言います。「天井の低い駐車場で乗り降りできない」「サイドウインドウの開く部分が小さい」「夏はサウナのように熱い」といった理由で……。
ドアの開く仕組み上、開いたドアは高い位置(約1.9m)まで上がります。だから、高さに制約がある駐車場でドアを開けられなかったのは事実です(ただし、車体左右が広くなくてもドアを全開できるし、開いたドアが乗り降りの邪魔をしないというガルウイングドアならではのメリットもしっかりありました)。
また、ガラスをできるだけ広くしたデザイン上、サイドウインドウの開口面積が小さく、天井までガラスで覆う構造としたために、夏は温室のように暑く冬は車内の熱が逃げて寒いという、快適性の面での不利もありました。
暑さ寒さに関しては、天井をガラスにしなければ済む話ですが、トヨタはガルウイングに加えて開放感あふれる金魚鉢のようなキャビンをこのクルマの特徴としたかったわけ。その気持ちはよくわかります。
生産台数はわずか1万6000台
このクルマのすごさは、なによりも量産乗用車のメーカーがスーパーカーでもスポーツカーでもない“普通のクルマ”にガルウイングドアを採用したこと。スーパーカーやスポーツカーなら、派手で目立つ見た目のためなら多少のデメリットがあっても許されるかもしれませんが、普通のクルマならなかなか許されません。そんなことを改めて世に知らしめたクルマとも言えます。
セラのデビューは1990年。きわめてチャレンジングなモデルでしたが、残念ながら約1万6000台を販売して1995年末に生産終了を迎えました。ご存知のとおり、それから20年を経た今なお、あとに続くモデルは登場していません。バブルという時代を背景に、トヨタの冒険心が生み出した遊び心あふれるモデル。手が届くガルウイングドア。それがセラなのです。
text by 工藤貴宏, edit by 木谷宗義 photo by トヨタ自動車
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