今、軽自動車の主流が、ホンダN-BOXやダイハツ・タントといった「スーパーハイトワゴン」と呼ばれるジャンルのクルマであることに、異論を唱える人はいないでしょう。このジャンルのクルマは、1800mm前後の全高を持ち、とにかく広い室内空間を持つことが特徴。走りや質感が向上したこともあって、「一家に1台」のファーストカーとして選ぶ人も増えています。しかし、軽自動車に「背高で大空間」の流れを生み出したのは、N-BOXでもタントでもなく、1993年に登場した初代スズキ・ワゴンRです。
「軽自動車=セカンドカー」の概念を覆す
現在、6代目モデルが販売されているワゴンRの初代モデルは、1993年に発売されました。このクルマは、既存のアルトやセルボモードに使われていたプラットフォームを活用し、250mmも拡大した1640mm(ルーフレール無し)の全高を持つ「背高」のボディが特徴。全幅が1400mm以下(当時)と限られていた軽自動車の室内空間を、より広くするためのパッケージングでした。着座位置も100mm近く高められており、これは運転席からの見晴らしのよさやレッグルームの広さに寄与。大人4人がしっかり乗れる空間を確保していたのです。
ワゴンR RX(1993年)
外観はご覧のようにとってもシンプルで、発売当初は前後バンパーも無塗装仕様のみという潔さ。左側は2ドア、右側が1ドアという左右非対称スタイルも、ユニークな部分でした。デビュー当時、ターボエンジンの設定はなく、NA(自然吸気)エンジンのみ(5速MTと3速AT、4WDが選択可能)。
ターボモデルはあとから追加された。写真は1998年の特別仕様車「ワゴンR RR」
しかし、それまでセカンドカーや女性をターゲットにしたモデルが多かった軽自動車の中で、ユニセックスでクリーンな印象のスタイリングが返って新鮮に映り、発売するや瞬く間にベストセラーになります。大人4人が十分に乗れる落ち着いたデザインから、セカンドカーとしてではなくファーストカーとして選ぶユーザーも多く、これは当時としては画期的なことでした。「’93~’94RJCニューカー・オブ・ザ・イヤー」も受賞しています。
ライバル続々登場。しかし、ワゴンRの存在感は強い
1995年には、現在もワゴンRとライバル関係にあるダイハツ・ムーブが登場。ホンダ・ライフやスバル・プレオといったモデルも生まれ、1990年台後半には軽自動車の主流が「セダン型」から「ハイトワゴン」にシフトしました。
ホンダ・ライフG(1997年)
販売台数は、全国軽自動車協会連合会で公開されているデータが2005年以降のみとなるため、それ以前は不明であるものの、ワゴンRは2006年から2011年にかけて常に軽自動車ナンバーワンとなっています。ちなみに、「スーパーハイトワゴン」の先駆者となったダイハツ・タントのデビューは、2003年のこと。スーパーハイトワゴンは、登場からすぐに主流となったわけではなかったんですね。
「ワゴンもある」からワゴンR
史実だけを並べていくと、ワゴンRがヒットを期待して開発された渾身の1台であるかのように思えますが、そうではなかったようです。提案自体は1980年代後半からあったものの、前例のない”背の高い軽自動車”への賛否を問う声があり、なかなか開発へのGOサインが出なかったといいます。そんな中で、「自分たちが欲しくなるクルマを作ろう」と生まれたのが、「女性向け」や「セカンドカー」とは異なる志向で開発されたワゴンRだったのです。結果的にそれは、「世の中が求めているクルマ」でもあったわけですね。
1997年にはボディを拡幅し1.0Lエンジンを搭載した「ワゴンRワイド」も登場
ちなみに「ワゴンR」という車名は、公式には「『R』はREVOLUTIONレボリューション(革新・画期的)とRELAXATIONリラクゼーション(くつろぎ)の頭文字であり、『軽自動車の新しい流れを作る新カテゴリーのクルマ』で『生活にゆとりを与えるクルマ』という2つの意味を込めました」とされていますが、鈴木修社長(当時)がこのクルマをひと目見るなり「これはワゴンだ」といったことが決め手になったとも言われています。当初は「ZIP(ジップ)」という名になる予定だったとか。
現在のクルマの多くは、綿密なマーケティングや市場調査を元に作られていますが、概念を変えるようなエポックメイキングなクルマは、生まれた背景が異なる場合も多いもの。しかし、「自分たちが欲しいクルマを」と作られたクルマがヒットするのは、考えてみれば当然のことかもしれませんね。
text by 木谷宗義+Bucket
photo by スズキ、本田技研工業
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