水平対向エンジンとシンメトリカルAWDの組み合わせによる独創的なメカニズムや、独自に研究開発を続けてきた安全運転支援システム「EyeSight」などから「技術の会社」というイメージが強いスバル。会社のルーツをたどると、大正時代に設立された「飛行機研究所」に端を発しますが、現在のスバル車の礎を築いたのは、スバル(当時:富士重工業)のクルマの黎明期を支えたエンジニア、故・百瀬晋六(ももせしんろく)氏です。今回は、百瀬氏が手がけたクルマの数々から、スバルイズムの源を辿ってみたいと思います。
キャブオーバー型バスの開発も手がけた
戦闘機を生産していた「中島飛行機」が戦後、GHQによって解体。富士産業として民生用の製品を製造へと舵を切ります。中島飛行機に所属していた百瀬氏は、伊勢崎工場を継承した富士自動車工業で自動車の設計・開発を担当することに。あまり知られていませんが、百瀬氏は乗用車以前に、バスも手がけていました。実は、現在主流となっているキャブオーバー型バス(リヤにエンジンを搭載するスタイル)を開発したのは百瀬氏で、ボンネット型バスが主流だった当時の日本のバス業界に一石を投じることとなりました。
生産台数20台。幻の乗用車「スバル1500」
百瀬氏が手がけた初の乗用車であり、スバル(当時は富士重工業)にとっても初の乗用車となったのが、「スバル1500(開発呼称:P1)」です。
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このクルマは、1954年(昭和29年)に公開されたもの。航空機のノウハウを生かして作られた国産初のモノコックボディを採用し、1.5Lの直列4気筒を搭載。市販を前提に開発されていましたが、販売網やサービス体制の構築などの課題を乗り越えることができず、20台を試作したのみで生産終了に。幻の乗用車となりました(生産台数については25台説、35台説など諸説あり)。
マイカー時代のきっかけとなったスバル360
百瀬晋六氏の生涯の中で、もっとも大きなインパクトを与えたのが「スバル360」です。1958年に登場したこのクルマは、1955年に通産省が提示したいわゆる「国民車構想」を形にしたもので、スバルブランドを冠した初の市販乗用車でもありました。
スバル1500で得た知見を生かして、モノコックボディを採用。大人4人がきちんと乗れて、快適な乗り心地であることなどを考慮し、リヤエンジンレイアウトの特徴的なデザインのクルマが完成しました。価格は当時としては画期的な42万5000円。高嶺の花だった「マイカー」という存在を一気に身近なものにした、偉大なクルマでありました。
リヤエンジンが画期的だった商用車「サンバー」
現在はダイハツ・ハイゼットのOEMモデルが販売されている「サンバー」。その初代モデルも、百瀬晋六氏が手がけた1台でした。
初代サンバーが登場したのは、1960年。スバル360のメカニズムを多用して作れられた、リヤエンジンのトラックでした(ライトバンはあとから追加)。ボンネット型が多かった当時のトラックの中で、サンバーはスペース効率の高さとスバル360ゆずりの良好な乗り心地や高い走行安定性を特徴としていました。堅牢性の点からサンバーのボディ構造はモノコックではなく、フレーム構造。
「水平対向エンジン縦置きFF」を確立した「スバル1000」
スバル1500で敗れた夢は、1966年の「スバル1000」で実現しました。このクルマは、国産車初のFF(前輪駆動)レイアウト車であると同時に、「水平対向エンジン縦置きFF」という、現在まで続くスバルの特徴的なレイアウトを持つ初めてのクルマでもあります。
FFは当時、操縦性や安定性の点から注目されていたレイアウトでしたが、エンジンを横置きにするため左右のバランスが悪くなることなどから、純粋な国産車で採用していたクルマはありませんでした。百瀬氏は、水平対向エンジンを縦置きにすることでそれを解決。さらに、ブレーキをホイール内ではなく、サスペンションより内側に配置する「インボードブレーキ」とするなど、画期的なメカニズムを採用していたことも特徴です。
スバル1000が百瀬晋六氏にとって最後のクルマに
百瀬晋六氏は、スバル1000が発売した1966年に自動車技術本部長に就任。結果的に、自らが設計者として開発を指揮したクルマは、スバル1000が最後となりました。
しかし、「水平対向エンジン縦置きFF」を始め、百瀬氏が確立した技術や思想が今も「スバルらしさ」として生き続けているのは周知のとおり。百瀬氏の先見性と独創性が、日本のモータリゼーションに大きな影響を与えたと思うと、百瀬氏の偉大さを感じずにはいられません。百瀬氏はその後、取締役スバル技術本部長などを経て、スバル研究所の技術顧問に就任し、1997年に77歳で逝去するまで生涯にわたって技術畑をつらぬきました。
text by 木谷宗義+Bucket
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