【ルノー②】戦後から’80年代前半までの代表モデルは?・ ’80年代後半から現在までの代表モデルは?

戦後から’80年代前半までの代表モデルは?

パリ解放の翌年、1945年。ルノー社は国有化され、「ルノー公団」となる。しかしルノーが戦時中に受けた被害は大きく、設計図なども消失しており、新車開発は困難を極めた。
そうしたなか、ルノーは760㏄の超小型車4CVを発表。大ヒットとなる。この4CVは日本でも日野ルノー・ブランドとしてノックダウン生産され、1950年代にタクシーとして多くが使用された。
1961年にはルノー4(キャトル)が発売された。ルノー4は当時750㏄に排気量をダウンさせて4CVを販売していたが、4CVよりも高いユーティリティ性を求めるユーザーに向けたモデルがルノー4だった。ルノー4はフランスの乗用車市場、もっとも売れたモデルと言われる。
乗用車にとってユーティリティ性が重要なことを把握したルノーは、1965年にハッチバックモデルのルノー16を発売する。1972年にはルノー4をベースにルノー5(サンク)を開発。1972年に発売が開始された。1973年にはアルピーヌを買収する。
1984年、欧州初のモノスペース・モデルとなるエスパスを発売。つねに市場が求めるクルマ造りが行われている。


1960~70年代に販売されたアルピーヌA110(右)と2017年のジュネーブショーで登場した新A110(左)

ステーションワゴンに近いシルエットを持つ5ドアハッチバックのルノー16

クルマのジーンズといわれカジュアルなクルマの象徴となったルノー4

戦後、ルノーの復興を支えたのが超小型モデルのルノー4CV。日本では日野が製造した

欧州初のモノスペース(ミニバン)と言われたエスパス。現在はSUVに近づいている

’80年代後半から現在までの代表モデルは?

1980年代、ルノーは21や25といったセダンを始め、いくつかのコンパクトモデルを製造していた。ルノーが大きく変わり、日本との関係が強くなったのはなんといっても1990年代に入ってから。
それまで国営の「公社」だったルノーは1990年に「株式会社」となった。1990年にはクリオ(日本名ルーテシア)を発売する。クリオは5、シュペール5とモデルチェンジしてきた小型車の延長線上にあるモデルだが、クリオへの命名変更と同時にかなりモダンなモデルへと生まれ変わっている。
さらに1993年にはクリオの下のトゥインゴを発表する。人々はユーティリティ性を求める一方で、パーソナル性を強調したコンパクトカーも求める傾向が強くなり、それにルノーが答えを出した結果だ。
1997年にはその後日本を始め世界で大ヒットモデルとなるカングーを発売。商用、乗用が用意されたが、乗用モデルの人気がどんどん上がり、その構成比を逆転した。
2017年にはアルピーヌブランドの復活を宣言し、新A110を披露。2018年より販売を開始した。


キャプチャーよりも少し大きなカジャーは2018年から発売されているコンパクトSUV

2016年に登場した3代目トゥインゴ。RRの駆動方式を採用、キビキビした走りが魅力

コンパクトSUVのキャプチャーは2013年から日本に導入。2018年にマイナーチェンジ

リヤ固定式サスに4WSを組み合わせたシャシーが高評価を得ているメガーヌGT

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モータースポーツでの成功がルノーの成功

ルノーは会社が発足した当時からモータースポーツに積極的だった。モータースポーツで成功したことが評判になり、クルマが売れていくという好循環でルノーはモータースポーツでも販売でも成功を収めている。フランス人がモータースポーツ好きというのも大いに関係しているだろうが、それ以上にやはりクルマの成功の下支えにはモータースポーツがあることの象徴とも言える。
そんなルノーがF1に参戦し始めたのは1977年。1.5ℓのV6ターボエンジンで参戦。エンジンだけでなく、シャシーも製造するフルコンストラクターとして参戦した。一時期は休止、エンジンサプライヤーのみの参戦という期間もあったが、現在はルノーとして参戦している。

ノーズ部分にルノーの菱形エンブレムが取り付けられたF1マシン。ワークス参戦であることが明確にわかる形で、ルノーはF1に挑んでいる

クルマ豆知識
例題/2019年に発売されたMAZDA6の旧国内販売車名は?
①アクセラ ②アテンザ ③デミオ ④プレマシー(正解=②)


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