【1980年代の自動車②】この時代を代表する海外のモデルは?・この時代を代表する日本のモデルは?

この時代を代表する海外のモデルは?

80年代を代表するクルマと言えば、真っ先に挙げられるのがアウディの2車。4WDスポーツの先駆けとして1980年にデビューしたクワトロと、空力ボディを身にまとって1982年に発表された100だ。クワトロの登場はWRC(世界ラリー選手権)の世界を一変させ、100は乗用車でもエアロダイナミクスが重要であることを証明してみせた。
1983年に登場したメルセデス・ベンツ190クラスもまた、歴史に残るモデルといえるだろう。「Sクラスオーナーのセカンドカー」といった位置づけのコンパクトセダンだが、メルセデスの名に恥じない各部の品質の高さと、市販車としては世界初のマルチリンク式サスペンションによる安定感ある走りは、当時のコンパクトサルーンの域を完全に越えていた。2年後に発売された同社のミディアムクラス(後のEクラス)も過剰なまでの品質が評価され、現在でも熱烈なファンが世界中にいるほどだ。
1984年に登場したフェラーリ288GTOと1986年のポルシェ959は、スーパースポーツの先駆け的な存在。どちらもハイスペックなツインターボエンジンを搭載するが、前者はミッドシップ、後者は4WDと、駆動方式は異なる。

ハイパワーを余すことなく路面に伝える目的でフルタイム4WDを採用するアウディ・クワトロ

徹底した作りのよさ、過剰なまでの品質でいまだに人気の高いW124型ミディアムクラス

1983年登場のメルセデス・ベンツ190。小さいながらもメルセデス品質を維持していた

2.8ℓのツインターボをリアに搭載し、四輪を駆動するポルシェ959。最高出力は450ps

フェラーリ288GTOはグループBホモロゲーションに則り開発されたスペシャルモデル

この時代を代表する日本のモデルは?

1980年に発売された5代目のマツダ・ファミリア(BD型)は、端正なルックスとFFらしさを解消したハンドリングが魅力で、爆発的なヒットを記録。当時の若者のいわばマストアイテムとなった赤いファミリアが街中を埋め尽くした。
高級スポーツカーでなくてもミッドシップを楽しめる、というコンセプトのトヨタMR2が登場したのは1984年。1.6ℓクラスの安価なスポーツカーは旋回性能に優れ、ジムカーナなどでも活躍した。
1989年は新型車の当たり年で、トヨタの高級車セルシオ、280馬力を誇る4WDスポーツの日産スカイラインGT-R、そしてライトウェイトオープンスポーツのユーノスロードスターが誕生している。なかでも印象深いのは日産スカイラインGT-Rだろうか。当時日産で行なわれていた「901運動(’90年代までに技術の世界一を目指す)」の集大成として開発されたR32型GT-Rは、専用設計のエンジンと当時の最新電子デバイスを搭載し、クルマ好きの憧れの的に。日本初の300ps車になるはずが、運輸省(当時)の行政指導により、最高出力は280psに自主規制された。

カローラ系のコンポーネンツを利用し、ミッドシップを身近な存在にしたトヨタMR2

ホンダが初めてLクラスのセダンに参入したのが1985年発表のレジェンド

1ボックスワゴンに4WDを組み合わせたことで人気を博したデリカスターワゴン

1985年デビューのトヨタ・カリーナED。スペシャリティ要素を持つ4ドアハードトップ

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自動車だけでなくタイヤも大きく進化

自動車にとっては絶対に欠かすことのできない部品、タイヤが高性能化に向かったのも1980年代のことだった。 高性能タイヤ自体は70年代から登場しはじめていたが、80年代は競争がさらに激化。定評のあるピレリのP6/P7を追い越そうと、ブリヂストンやヨコハマといった日本勢が次々と開発を進めた。
その甲斐あり、ブリヂストンのポテンザRE91は装着タイヤの規準に厳しいポルシェの承認を1982年に獲得。同RE71に至っては1986年、国産タイヤメーカーとしては初めてポルシェ標準装着タイヤに選ばれた。
もちろん王者のピレリもP700を登場させるなど対抗。1980年代の高性能タイヤは、ハイグリップでハードな方向に向かっていったのだった。

ブリヂストン、ヨコハマ、トーヨーなど、自動車大国らしく日本にはタイヤメーカーも多い。当然、自動車メーカー同様に激しい競争があり、1980年代はハイグリップ化が進んだ。(写真はイメージです)<br />

ブリヂストン、ヨコハマ、トーヨーなど、自動車大国らしく日本にはタイヤメーカーも多い。当然、自動車メーカー同様に激しい競争があり、1980年代はハイグリップ化が進んだ。(写真はイメージです)

クルマ豆知識

名スポーツエンジン列伝/「A型」(日産、直4) ’70年代までサニーなどの小型車に搭載されていた。OHVという高回転には向かないエンジンでありながら、レース仕様では10000回転という高回転を可能としていた

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