【1970年代の自動車①】大気汚染とオイルショックが時代を変えた

『ここをチェック』
★マスキー法の施行により自動車は方向転換
★安全基準の改正で大型バンパーが主流に
★ABSやディーゼルなど現代の技術が登場

大気汚染とオイルショックが時代を変えた

’60年代後半からヨーロッパ並びにアメリカで激しいパワー競争が繰り広げられると、それと同時に安全性や大気汚染について問われるようになる。また、第四次中東戦争を引き金にオイルショックが起こり、自動車は燃費も問題視されるようになっていった。
こうした状況の下、最大の自動車マーケットであるアメリカで安全基準(※①)と排ガスに対する新しい法律が施行され、世界の自動車は’70年代に大きく方向転換をすることになる。

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①アメリカで安全基準

1974年にアメリカでは、時速5マイルでの衝突でボディにダメージを与えず、また自身も復元する衝撃吸収装置(バンパー)を装備することが義務づけられた。連邦自動車安全基準の一項だが、これにより多くのクルマが安全について見直すことに。

1970年から始まった厳しい排ガス規制(※②)を世界で最初にクリアしたのは、CVCCと命名されたリーンバーンエンジンを開発したホンダだった。1カ月遅れでマツダがロータリーエンジンを改良してクリアすると、そこから日本車の快進撃が始まる。中東情勢が不安定だったことから原油高が進み、大柄なクルマを好むアメリカ人といえども燃費のよいコンパクトカーに注目が集まり始めたのだ。

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②排ガス規制

自動車大国のアメリカでは1963年に大気汚染防止に関する法律が制定され、1970年に大幅に改正。この1970年の大気浄化法改正法はエドムンド・マスキー(アメリカの上院議員)による提案だったこともあり、マスキー法と呼ばれることもある。

’50年代、’60年代と栄華を誇り、ひたすら巨大化していったアメリカ車もこの時代、ダウンサイジングを余儀なくされた。
もちろんヨーロッパでも状況は似たようなものだった。例えばBMWは、高出力と低燃費を両立するためにターボチャージャーを量産車として初めて導入している。
安全性の面では、ポルシェは911に衝撃吸収バンパー(通称5マイルバンパー)を与え、ダイムラー・ベンツは世界で初めてABSを搭載(※③)。ボルボは新型車の開発にあたり、前後の衝撃吸収ゾーンを拡大するためにコンパクトなサスペンションを採用した。アメリカでは試験的にだが数車種にエアバッグも装着されている。

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③世界で初めてABSを搭載

制動時に車輪をロックさせないようにして車両の滑走を防ぐABSは、もともと鉄道に始まった安全技術。機械式のABSは自動車にも試験的に導入されていたが、乗用車に電子制御式ABSを最初に搭載したのは1972年登場のメルセデス・ベンツSクラスだ。

物量と快楽だけを求める時代は終わったのだった。


’60年代を謳歌したアメリカ車も’70年代はダウンサイジング。写真はサブコンパクトのフォード・ピント

参考情報 ここもチェック!

性能の高さを誇った’70年代のテレビCM

近年の自動車CMはライフスタイルの紹介が中心になり、商品自体の情報はあまり多くない。これは1960年代においても同様で、ちょっとコミカルなストーリー仕立てがほとんどだった。
しかし1970年代に入るとこれが一変する。◯◯を走破、××㎞/h出した、6気筒エンジン搭載、インジェクションを採用などなど、各メーカーは高性能を誇るようになったのだ。
そんななか、イメージ先行のCMを続けたのが日産スカイラインだ。ケンメリの愛称で知られる4代目モデルのCMは、ケンとメリーの仲睦まじいシーンが延々と流され、クルマは脇役扱い。当時としては異色のCMだった。しかし、この戦略は大成功し、当時のスカイラインは大いに販売台数を伸ばしたのだった。

高性能をアピールしたCMが多いなか、イメージ戦略を突き通したのが日産スカイラインのCM。イメージキャラのケンとメリーは浸透し、4代目スカイラインは「ケンメリ」と呼ばれた

高性能をアピールしたCMが多いなか、イメージ戦略を突き通したのが日産スカイラインのCM。イメージキャラのケンとメリーは浸透し、4代目スカイラインは「ケンメリ」と呼ばれた

クルマ豆知識

名スポーツエンジン列伝/「B型」(ホンダ、直4) ’80年代中盤からシビックなどに搭載。1989年登場のインテグラでは可変バルブタイミング機構VTECも採用し、タイプR用としてチューニングされた

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